目黒区区議会議員 飯田倫子>

子ども手当てにつき第二回目黒区議会本定例会で質問しました


北方四島を目指して。

 ロシアのメドベージェフ大統領がいきなり北方領土に降り立った時には驚きと怒りで一杯になった私でした。毎年自由民主党目黒区議団で勉強の為にどこかへ自費視察に行きますが、今夏は仲間の区議団で北方領土の少しでも近くに行こうとなりました。

 

 所謂、沖縄の普天間基地問題で現政権が滞りを見せて以来、尖閣諸島問題や中国漁船問題、メドベージェフ来訪?など、我が国を囲む諸国との外交の心配があります。先ごろ、ロシアはいきなりの大統領訪問をこともなくやってのけて、その後国後島付近に軍備増強をするとありました。中国やロシアの両方に、今日本は色々なやり方でイニシアチブをとられていると言えます。

 

 我々、区議会議員が政府の外交に何ら影響を及ぼせるものではないのは分かっているのですが、少しでも北方に暮す同じ日本人の方々がどのような思いでおられるのか、今後地方から何か支援できることはないのか知りたくて参りました。奇しくも、自民党の佐藤・新藤・稲田国会議員がウルルン島へ旅立つ同日同時刻に我々は北方へ旅立ちました。

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  択捉、国後、色丹、歯舞群島からなる北方四島は我が国国民が父祖伝来の地として受け継いできたもので、かつて一度も外国の領土となったことのない領土だったそうです。ですが、第二次大戦後8月14日、日本がポツダム宣言を受諾し降伏してから8月18日からソ連がカムチャッカ半島から攻めてきたのです。

 

 私達は1日目に羽田から釧路空港へ飛び、一路納沙布岬へと向かいました。ここには、漁業に出て拿捕され、帰らなかった方々を悼む記念碑や北方館という歴史を展示した建物があり、内観して勉強になりました。

 北方館には、戦後ソ連が攻めてきて次々と島を追われて本土に戻された方々の心の拠り所となっている望郷の家や、北方領土返還要求運動を始めた原点の資料が展示されていました。

 この岬から漁に出る漁船が襲撃されないよう、ソ連と漁民の間に立ってお金を払う漁船が漁をできるよう骨をおった方が写真の方です。お金を1艘につき年間36万円払わないと漁ができなかった、今もできないと聞いて本当にやるせない気がします。お金を収めた漁船は胴体に赤い線が塗装されています。館の入り口には4島を結ぶ想いの茶色いアーチがありました。

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 私達はさらに少し移動し、北方四島交流センターに伺い、お約束しておいた北方領土問題対策協会の小田嶋氏・佐藤達雄氏・中田勇氏・女性の遠藤氏にお話をお聞きしました。当時の4島に生活のすべてを残し、命からがら真っ暗な船腹に身を潜め、やっとの思いで本土に帰ったことを伺いました。彼らはいわば財産を失ったわけで、その面の保証も口にしておられましたが、東京にも会の支部があるそうで、私達も協力できることはしたいと強く思いました。

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 2日目には、尾岱沼(おだいとう)漁港から、視察船に乗り、北海道本土と国後島の間の海峡を進みました。上記の写真の船に乗って、ガイドさんの説明を聞きました。

 

 国後島のノツエト御崎と標津町の間をドキドキしながら行き、遠く国後島を見ることができたのも、船長さんが年配のおじさんで、操縦席のレーダーを見ながら拿捕される8キロ地点ぎりぎりまで船を進めてくれたのです。私達は国会議員でもないので、ビザなし渡航はできませんでしたが、領土返還に一生をかけている高齢の方々のお顔が忘れられなくなりました。

 

 若い世代に返還の想いをぜひ伝えて、都心の方々の応援を欲しいと伺って帰りました。日本は今、実に多くの課題を抱えていてよほど国政がしっかりしないと、日本に未来はない気がします。「歴代の総理や北方領土担当大臣が次々来てくれても帰ったら何の音さたもないのが現状だ」という言葉と、大臣たちが訪問時に撮った写真が大きく展示されている様は、国政の実力を物語っていると感じました。この上は国民がもっと賢くなるしかないと私は改めて思いました。

どうか、これを見て下さった皆さん、北方におられるこれらの方々にお力をお貸しください。

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