目黒区区議会議員 飯田倫子>

子ども手当てにつき第二回目黒区議会本定例会で質問しました

2011年6月アーカイブ


本日6月20日より本会議が開かれました。その前の議会運営委員会に「目黒区における放射線量の測定予定」が報告されましたので、ここに区民の皆様に概略をお知らせします。

1経過・・・H23年6月2日~危機管理対策本部において「目黒区放射線影響対策連絡会」設置。

           6月6日~「放射線量対策連絡会」において検討。

           6月9日~「放射線量測定の実施について」決定。

2放射線量の測定内容

 *空間放射線量のデータの活用。・・・・既に震災前から放射線量の測定を行っていた東京工業大

                         学・東京大学・東京都健康安全研究センターの高精度の

                         測定器による空間放射線量のデータの活用と併行して、

                         東京都が6月15日から測定しているデ―タも活用する。

                         都で測定する区内の場所は2か所の公園とする。<菅刈

                         公園・碑文谷公園>

                         #この東京都の調査では」地表面と地上1Mとする。

地表面の測定・・・・小学校の校庭、保育園の園庭、公園の広場と砂場の地表面の測定をする。

 

              ◎区内5地区の5小学校~東山小学校(ゴムチップ)・下目黒小学校(天然

               芝)・五本木小学校(人工芝)・月光原小学校(人工芝)・宮前小学校(ダス

               ト) ★それぞれの舗装材の材質に応じた測定を基本とするため選定し

               た。

 

              ◎区全体のバランスを考慮し次の5保育園に第3ひもんや保育園を加え、園

                庭と砂場の地表面を測定する。

               駒場保育園・不動保育園・祐天寺保育園・原町保育園・大岡山保育園・

               第3ひもんや保育園。

 

              ◎利用者の多い公園を基本とし、乳幼児の利用の多い公園を5地区

                バランスを勘案して次の公園で測定する。

               東山児童遊園・中目黒公園・唐ヶ崎児童遊園・富士見台公園・めぐろ区民

               キャンパス公園。

                          

小学校のプールの測定・・・・プール水については、5地区のバランスを考慮し次の小学校で測定する。

               駒場小学校・中目黒小学校・油面小学校・原町小学校・東根小学校。

測定の頻度・期間

              原則として2週間に1回。プール水については6月27日から9月15日までと

              し校庭や園庭、砂場は24年3月末までとする。校庭・園庭・砂場は7月7日

              から測定開始し結果は速やかにホームページ上で公表。

 

測定方法       (財)放射線計測協会が公正証明書を発行した計測器により測定可能な事

              業者に委託するが、区としての安全基準数値については、国の安全数値が

              出てから、それを基準とする。

 

 

 以上が概略ですが、やっと区内でも合計23か所にて測定されることになりました。個人の方々でもすでにご自分で測定器を購入され、測定されている方もおられると思います。自主測定については、それが悪い方にひとり歩きして行かぬよう祈りたいところです。いずれにしても、文科省のいっている基準を大きく上回る数値がどこかで測定されたら、区長答弁では直ちに対策本部で対策を講ずるとのことでした。

 

 私は、今回の原発事故について沢山の感想があり、とても言い切れない気がしています。昨夜も高濃度汚染水処理について想定外の?不具合が生じ、また先に処理が延びました。東京に住んでいる私達も誰もが福島原発が無事収束することを待ち望んでいるのですが、ありとあらゆる想定をし、対応をせめて先にさきにと実行してほしいのです。そうでないとまた再び更なる悲劇が日本中を覆い尽くす心配があるのです。誰もが口にこそ出して言わないまでも、これ以上の悲劇は避けねばならない日本の使命が世界に対してもあるでしょう。国民の不安を除く意味の施策はさっさと早めに手を打つべきは政治力です。

 残念ながら、今回の政府対応は落第点です。今回一番奉仕しているのは、自衛隊員の方々であるし、原発施設内に入り放射能をあびながらも頑張っている全国ハローワークから連れてこられた下請けの作業員の方々。これらの方々の対応は東電任せなのでしょうか。日当も次々と天引きされて、命と引き換えの作業の割には低賃金しかもらえない人もおられるとか・・・様々な非公表の事実もあるようで、一層政府の情報公開や責任ある行動を注文をしたいところです。

何よりも一番大切なこと、これからさらに高濃度の放射線物質に子どもたちが蝕まれぬよう知恵を対策をひねり出すのが政府の責任だと思います。

              


 昨日、6月7日にかねてより我が会派、自民党目黒区議団で気仙沼市に支援物資を届けよう、何か激励をしてこようという一致した意見がありました。これからずっと永い支援をしていくなかで、議員として友好都市の気仙沼市の皆さんがどのような避難生活をされていて、今後どのような支援が最も励ましになり有効か、自分らの肌で目で皮膚感覚で察知してこようという目的をもって準備しました。

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  私は今年度副幹事長兼会計ですので、議会運営委員長の磯野議員が現地の筋を通じて、支援物資として現在乳幼児用肌着 と 女性避難者の方のお使いになる化粧水が欲しいというご要望を入手してくださいましたので、DHCのオールマイテイの化粧水(プラスティックビン入り)と綿製の肌着を調達し、全員で分担してリュックに背負い、新幹線で一関まで行きました。そこからレンタカー2台に分乗し、気仙沼市に向かうこと1時間半、ちょうどお昼頃到着しました。

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  食糧も水も自前で、という覚悟で出かけたのですが、運よく被災を免れた食堂で昼食を馳走になり、午後から火災に見舞われた魚市場海岸を向かい側の岸から拝見できました。レンタカーの窓から漂い入る空気もそれほど臭くもなく、3か月の月日の経過がありました。想像して覚悟して行ったほどには、見るのも辛いような苦しいような耐えられないような光景には出会いませんでした。

 多分おそらく、この日は天気が晴れ、がれきや倒壊した家屋も乾いてきていて、どろどろしさや生々しさが抜けていたのだと思えます。ただ、本当に街の通りに人っ子一人居ず、ただ街の中に乗り上げた船が痛々しい傷を船腹に残したままその姿をさらしていました。わずかに2基位の重機が瓦礫を撤去している作業を見ました。  

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 ずっと下へつづく

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  私達は、用意していった支援物資と義捐金を市役所にお届けし、副市長にお渡しし現在の市役所の事務の進展を見てまいりました。目黒区からも数人の職員(森さん他)が市民の方に対応されている所にお邪魔できました。市側の御挨拶の中には、①市へ寄せられた義捐金の60%が目黒区からの義捐金でその額は7000万円に上っている、という感謝のお言葉を頂きました。

 

 市役所1階奥には自衛隊の方々の事務机やパソコンもあり、そこで隊員の方々数名が適宜対策を練っておられました。役所を出て、車で安波山に登り、火災に覆われた気仙沼市全体を見渡しました。山から見下ろした市の風景はのどかで、もうすぐ復興間違いないと確信できる気がしました。

 

 私達目黒区民が毎年楽しませていただけた「さんま祭り」に向けて、市の方はできるだけ自分たちで目黒の皆様に支援の恩返しの積りで今まで通りさんまを目黒にもっていき、復興のスタートとしたいんだ、とおっしゃっておられました。私は目黒区民の皆様は多分100円200円の代金を払ってさんまを今年は味わって下さるのではないかと思います。それもこれも気仙沼市の復興に役立つのなら、きっと皆様が協力くださるのでは、と思います。

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 市は以前から津波警戒マップも作成し、避難訓練も繰り返していたのですが、今回は(私作成の地図に落としましたが)渦をまきながら、大島の横を通過し、リアス式奥の魚市場・漁港をはじめ、一番奥の鹿折地区を総なめにしたのです。大部分の方々が避難されている避難所へは最初の予定ではお寄りすることにしていましたが、気持ちがそれを許さず、外から仮設住宅や体育館を見ただけで岐路につきました。少し安心したというか、瓦礫の山から脱出して元の暮らしに戻るまでの長さに、どうか現地の皆様が心を折れさせないよう祈って目黒に帰ってきました。

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市役所入り口ロビーには、

掲示板にいまだ多くの行方不明者を探す張り紙がいっぱい貼られています。

また、避難所近くの空き地では、自衛隊の方々がカーキ色のテント内に

「ゆ」ののれんを付け、仮設のお風呂を用意されていました。自衛隊の方々の

御尽力には心から感謝したいです。ありがたいことです。        

P6072131.JPG  被災地の皆様、どうか悲観しないで、日本中が見守り応援していますので

心確かに明日の生活再建に向けて明るく物事をとらえてください。私達もついています。               P6082134.JPG


日は、かねがね一度しっかりした情報を知りたくて訪問させていただこうと手配していた東工大・原子力研究所を訪れることが実現した。私が、知りたかったことは 主に以下の点で、これらの疑問がすべて今日はクリアできた。    

 お話を伺っていて、もっと東京都や目黒区・大田区など行政が大学と費用その他連携の仕組みをしっかり決定しないといけないと思いました。このたびは内閣府からじかに大学側に要請がきたのでそれに準じたとのことでしたが。もし、東海沖地震が発生したら、品川・目黒・大田で10万人の帰宅困難者が出るだろうと予測されていました。

 今のところ、大学内に住民の方々が避難されることは裏門扉の鍵は町会役員の方が持っていますので、自由にできますが、問題はどの建物がその時安全か選択するのは難しいということ、校庭など戸外に避難されたとしたら食糧・毛布などの配布が東京都の采配になるだろうこと、などです。都心の大企業のように、行政や東京都も資金を提供し、平素から地域住民の分も避難所となるこれら大学にもある程度の分を備蓄しておくべきでしょう 今日は、かねがね一度しっかりした情報を知りたくて訪問させていただこうと手配していた東工大・原子力研究所を訪れることが実現した。

私が、知りたかったことは 主に以下の点で、これらの疑問がすべて今日はクリアできた。 

① 研究所には、どれ位の危険物資が存在するか。

② 目黒区の今年度発足の特別委員会で報告のあった東工大でも放射線量を測定していると聞いたが、実際はどのように行っているのか。

③ 大学第二次避難所と指定されているが実際は目黒区との間でどのような取り決めができているのか。

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  折角の機会なので、常日頃この研究所の設備等について不安を私に話しておられた町会の役員さんもお誘いした。

私が、東工大学に関わったのは、もう7~8年前からで、東工大のTEC構想に基づく学生ホールの建設や、大岡山駅前広場・地下駐輪j場建設当時からで、駅前が私達住民の熱意から、今は見違えるほどきれいな駅前広場になっていて本当に嬉しいと思う。また、今日は特別に研究所所長の有富先生・原子炉工学教授矢野先生・施設安全課長の足立先生のお三人にお話とご案内を頂けた。

 

 まづ、3月11日ののち、14日未明から15日にかけて東北地方から吹いてきた風に乗って、大学内で測定した放射線量が0.78マイクロシーベルトを記録した、という所長先生の話からお聞きした。大学には放射線グループのスタッフが居られ、学内30数箇所地点で測定したと同時に現在もしているとのこと。通常の値は今までは、0.07マイクロシーベルトであったとのこと。

 

 4月からは、毎日自動計測をし、その計測値を安全管理センターから大田区・目黒区・品川区へ流しているとのことで、ホッとした。

それが下記の表の写真です。                                                                                  P6012089.JPG

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質問点 ①の 危険物質は矢野教授のご説明では確かに実験用として アセトン・ヘキサン・酢酸エチル・ジクロロメタン・トルエン・などなどあるが、IAEAの職員が毎年、抜き打ちで海外から検査に来るとのことでした

IAEAの海外検査員は隅からすみまで、徹底的に調べ厳しい指導をしていき、場合によっては封鎖など処分が下る国際基準をあてはめてくるとのことでした。

その為もあり、学生にも危険物の扱いや事故に指導を徹底しているとのことでした。 また、原子炉が東工大に?という風評についてお聞きしたところ、燃料棒・その他関連物質は4年前にアメリカエネルギー省に完全に返還し、現在は全く存在しないときっぱり言明、ましてや炉など不在。

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② の放射線想定については、実際にその現場に案内していただいた。原子力研究所は学内 ひょうたん池北側に6棟の建物と、バンデグラフ棟と実験棟があるが、写真のような地上1メートル高さに2つの丸い円筒に入った測定器で測定されている。これは放射線の主に2種類を正確に測定するためだそうです。

 また、ポータブルな測定器を持ってきて見せてくださいました。今日は、おととい雨が降ったので地面に東工大学内で少し放射性物質が落ちたようで、0.10を針が示し、ピーピーと警報音がこの機械から流れました。恥ずかしながら、私は初めて間近で警報音を聞き、針が振れるのを見ました。大変、勉強になりました。              P6012081.JPG  

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③ の第二次避難所になっている点については、まだ東京都から詳細な内容が来ていない。

 ましてや保管物資は公的な物は預かっておらず、すべて大学が備蓄した主に職員用のものだけが保管してあり。先日の3月11日時には大岡山駅にも帰宅困難者があふれて、百年記念館と講堂に述べ150~200人の方々をお預かりし、毛布・水・食糧などは職員用を使用したとのことでした。

 お話を伺っていて、もっと東京都や目黒区・大田区など行政が大学と費用その他連携の仕組みをしっかり決定しないといけないと思いました。このたびは内閣府からじかに大学側に要請がきたのでそれに準じたとのことでしたが。もし、東海沖地震が発生したら、品川・目黒・大田で10万人の帰宅困難者が出るだろうと予測されていました。

 今のところ、大学内に住民の方々が避難されることは裏門扉の鍵は町会役員の方が持っていますので、自由にできますが、問題はどの建物がその時安全か選択するのは難しいということ、校庭など戸外に避難されたとしたら食糧・毛布などの配布が東京都の采配になるだろうこと、などです。都心の大企業に千代田区などが行っているように、行政や東京都も資金を提供し、平素から地域住民の分も避難所となるこれら大学にもある程度の分を備蓄しておくべきでしょう。提案したいと思いました。

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