目黒区区議会議員 飯田倫子>

子ども手当てにつき第二回目黒区議会本定例会で質問しました

2011年5月アーカイブ


小型消防ポンプ練習会。

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  今日は生憎、台風の接近の為に雨が降り、各地域の小学校の運動会も延期になりました。良い季節なのに今年はちょいと梅雨入りも早まったことと、台風の早期到来で思わぬ雨の被害の心配が生じています。被災地の地域にこれからどうかあまり多量の雨が降りませんように、と祈るばかりです。

 

 さて、目黒区西部地域の今日は柿の木坂・第12分団の方々の応援で、町会地域の方々の小型消防ポンプの放水練習がありました。

 特別に、隣接の都有地空地を使用されての練習公開とあり、お誘いいただけたので見学して参りました。

 区民の方々にも被災地の状況や、災害時の対応が今後の課題になっていらっしゃることが分かった一日でした。皆さん傘をさされ、中にはお子様の手を引かれてのご参加があり、熱心にご覧になられていました。災害時に下校やその他、両親がそばに居ない時の交通に関する対応として、子ども交通隊のようなグループ行動を日ごろから訓練する参加者の募集もありました。私達目黒区民は大切な友好都市、気仙沼市に暖かい心からの支援を送るとともに、その中から多くの教訓を学ぶべき時でもあると痛感しています。


委員会が決まって。

 選挙が終わって議会の方も各会派、各議員の人事予定など、先週と先々週は毎日あわただし動きがありました。ことに、今年度は新議員の方々のご当選もあり、各派控室の準備や所属常任委員会の決定に加え、災害に対する課題が検討されていました。結果、「震災対策調査特別委員会」が設置されることになりました。先の東北関東大震災の被災状況を見るにつけ、本区においても改めて震災に対する意識の啓発と行政において万全の準備と対策を講じておくべき時であると痛感致します。

 各会派の構成としては、毎年それぞれの会派内に幹事団をおくのですが、今年度は私もお役を頂いたので、常任委員会は文教子ども委員会に入りました。団のお役目は副幹事長・会計兼務という形で幹事団の一員として頑張ります。

 

  「震災対策調査特別委員会」では 調査事項として

(1) 予防対策に関する調査

  ア 災害に強いまちづくりの推進等に関する調査

  イ 地域・関係機関等との連携・協力の推進等に関する調査

  ウ 災害時要援護者対策及び子どもたちの安全対策等に関する調査

  エ 地域防災計画の見直し等に関する調査

(2) 応急対策に関する調査

  ア 避難所及び帰宅困難者等への対応に関する調査

  イ 震災時の情報収集・情報発信等に関する調査

  エ 原子力発電所被災に伴う影響への対応等に関する調査

(3) 東日本大震災への対応等に関する調査

  ア 友好都市等被災地への支援に関する調査

  イ 節電対策等に関する調査    

と案が各派から出され、調査期間は1年とし、各派選出の12名の委員と委員長・副委員長で調査されていく予定になりました。

なるべく早く正確な調査・検討が行われ、少しでも震災に対する体制が確立されると良いと思います。

 

 * 地域町会の総会に出席したところ、班長さんも新しく区内へ転入されてきた方々がお役を受けられ、災害時にも隣近所で助け合っていきたい、という御挨拶にとてもうれしく思いました。昔から区内にお住いの方も、新しく区民になられた方もいざという時にはやはり「地域の力」が基本だと思っていただけることが大切で、行政と地域を結ぶ私達議員の役目も痛感した一日でした。


2か月が経って。

私達の国、日本を襲った大地震発生から2か月が経ちました。

今日も両陛下が雨の降りしきる中、被災地を訪れられ目礼をささげておられる記事が朝刊一面に載っていました。

 

 この未曾有の災害の後、毎日私の気持ちの中には何か割り切れないやるせないような、怒りをどこにぶつけたらいいのか無理をして黙っているような、そんな感情が滞っています。確かに高度経済成長後、膨大なエネルギー政策が必要不可欠で、いけいけどんどん的にここまで来てしまった事情も分かるのですが、なんで日本ともあろう国が、ここまで想定外に無防備であったか、また例え事故が起きてしまっても、その処理にここまで、もたついて(失礼)いなければならないのか、さっさと復興支援法案や救済法案、もろもろの必要な法案が成立させられないのか、残念でならない気持ちがあります。

 

 多くの人の命が、一瞬にして亡くなり、それまでの夢や努力がその方々からだけ無くなってしまった、そんな自然からの脅威に、ただ運が悪かったみたいに、被災地以外にいる私たちは無意識に片づけていないだろうか、とさえハッとする思いで我に返る瞬間がままあるのです。

 

 私達は、日本は、この危機をがんばろう日本!という掛け声だけで終わらせてはならないし、この災害から復興するという産みの苦しみからもっと多くのことを掴み取りさらに一国として強固なしたたかな国に生まれ変わる原動力としたいものだと思えるのです。すなわち、甘い見通しや、何か起こればテレビ画面で陳謝して頭を下げれば事が済まされるような仕組みであってはならないと思うのです。国やあるいは大企業も、きちんと国民に対して誰の責任の下で何がなされたか、責任ある秩序が国全体を守れるような、そういう真の意味での先進国にならないといけないと思えるのです。今までも何か不祥事が起きても、マスコミを通じて頭を下げればそれで済んでしまった気風があったと言えるのです。でも、「自然」はそれを許してはくれなかったということだと思うのです。

 

 つらい時代がしばらくは続くことでしょう。私達親の世代から息子や孫の世代まで、この爪痕は後をひくかもしれない。けれど「日本人皆で乗り切っていくしかない、乗り越えねばならない時」と思うのです。私の耳に、今も三陸町役場で避難放送を最後まで続けた女性職員の方の声がよみがえります。彼女のように他の人の為に自身の命を捧げた尊い志に報いるためにも、私達はひとりひとりが真剣に微力を尽くしていきたいと思うのです。

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